2008年09月02日

前号の続き


 また森先生の寄稿に戻ってみよう
 「1994年の新ゴールドプラン以降、医療やケアは在宅の高齢者も含めてその対象範囲を拡大し、孤立無援だった家族も援軍の登場によって少し元気になり、その元気は認知症当事者にも還元され、認知症疾患イメージは重度から中等度そして軽度へと関心が寄せられていきま 新しい認知症疾病観
 アプローチの仕方を変えなければなりません。認知症の全体像を手に入れるためには始点から始めて疾病家庭に順行して全過程をフォローすべきです。現在、私達の社会が準備できているケアは、中程度と重度の認知症に中心があり、初期で軽度の認知症に対するケアを欠落させています。初期の軽い状態でのケアに対する知識や経験例が乏しく、接し方や支援の仕方が確立していません。
 早期の段階から丁寧な治療やケアが切れ目なく提供され、人生を楽しみうまく養生した人の終末像は、現在の人たちよりもっともっと豊かな人生を生きることができるようなるに違いありません。」     と言っておられます。
 私の信念の中に、認知症の人のすべての行動には、その裏に必ず意味がある 。”それが
何か”をいち早く察知し優しく受け止め、受容し、対応することが大切だと考えます。そしてお互いに孤立するのではなく、接近しこころを通わせることが大切であると考える。

 表題に戻ろう。
 “今後5年以内に早期診断の技術を実用化することを目標とする”。と掲げられています。
科学的根拠に基づいた早期診断で介護認定を受け早期から家族を含めて支援を受けるべきであり、適切なケアや環境によって。認知症のBPSDを予防改善できること、中核症状に対する適切な支援により楽しい日常生活を維持することができると思っています。

2008年08月26日

認知症の医療と生活のしつを高める緊急プロジェクトが公表した報告書を受けて


平成20年7月10日 厚生労働省より表題の報告書が発表されました。
この緊急プロジェクトは、過日、桝添厚生労働大臣の発案により 20年4月頃急遽結成され、第1回 5月1日、第2回 5月19日、第3回 6月5日、第4回 6月30日の会議の末今回の公表となったものとは、ご承知のことと思います。

 京都府立洛南病院診療部長 森俊夫氏の言をかりれば、"従来の認知症の疾病観は極論すれば、認知症の終末像を中心に構築されたと言っても良い"と記されています。当人及び介護家族は、それが限界を迎えたとき、すなわち、多くのものを失ってからしか医療やケアとの出会いは無く、在宅で認知症を支えるサービスは皆無に近い状態とも記されています。孤立無援の状況で長期にわたり24時間、365日の介護をつづけて疲弊しきった家族は、入院・入所と同時に本人に注ぐエネルギーや時には愛着さえ失ってしまうことが稀では無いとも記されています。
 また 大半の施設では認知症の人ができることではなく、できなくなったことにしか目がいかず、認知症に対するイメージは否定的で悲観的なものになりました。かくして、疾病の結果としてだけではなく環境因や諦めや誤解さえも含み込んだ終末像イメージが認知症疾病観のモデルになりました。終末像のイメージしか持たない疾病観というのは、それが医療のものであったとしてもケアのものであったとしてもきわめて貧困であり有害です。そこからは治療もケアも養生も生まれようがありません。人としての尊厳が守られないケア、たとえば老人病院や精神科病院でベットに縛られるといったケア風景は、こうした疾病観と無縁ではありませんでした。
 「認知症の人と家族の会発行の月刊誌"ぽーれ ぽーれ"の中の診療室から見た風景」より
 
全く 同感です!! 私は家内を 13年間看つづけて実感として、まったくそのとおりと思い理想のデイサービス施設をと計画し、実現のはこびとしました。
●認知症の人が”一番いい表情"になれるのは、すべてを受容してくれる家族・親族と一緒の時間です。・・・・・この時間を多くもつほど本人は幸せである。終末期まで・・
●認知症アルツハイマー型では、一日数時間は幻覚その他による不穏行動や徘徊行動がでる。・・・・・・毎日の積み重ねで、本人と家族とは互いに孤立してしまう。
●認知症の人の介護者はわりと初期の段階から多くの時間、目が離せなく、だんだんその時間が増す。・・・・・家族は疲弊の極に達してしまう。
 
 そこで考え付いたのは家族介護「家族参加型デイサービス」だ。
○ 介護保険を利用して、ご家族で参加できます。
○ 家族介護を基本とし、ご家族で参加できることによってご本人様だけでなく、家族の方もリフレッシュする時間が持てるように支援します。
○ “ ゆっくり ・やさしく ・ さりげなく ” をモットーに、ご家族のペースに合わせて,暖かい介護サービスを提供致します。
○ 学習療法を取り入れ、認知症の症状の軽減に取り組んでいきます。
○ スタッフを含め、ご家族の方の介護体験を通して意見交換をし、学び合える場を提供致します。
さて、表題の報告書にもどってみると、これからの認知症対策の基本方針に
● 早期の確定診断につなげる
● 適切な医療サービス・介護サービスを提供る。
● 本人やその家族の生活を支援し、その質の向上をめざす。     とある。

私達の考えている施設はこの主旨にのっとっていると考える。が しかしいまだ世間の風潮は初期からの家族介護・支援は無縁なものと考えられている!!

以下 次号より具体的な考えをのべます。

2008年05月27日

認知症の人と家族の会 2


家族の会での一つの提案

地域内の宅老所的施設に、家族の会の会員が集まり相互に助け合いなら、自分達の理想とする介護を実践し、ターミナルケアにいたるも出来ることなら訪問看護の助けをかりて、最後まで自分で看取ることを理想とする。
認知症になった人への理想の介護とは、何時なんどきでも自分の主張を全て受容してくれるもの、それは家族・親族でしか対応できない。一般のデイやグループホームでは無理である。
がしかし、12時間、いや20時間となると家族はたまらない。そこでちょっと一息、同じ施設に集まっている他の人に代わっていただき、目先を変えていただく。特に最近注目を浴びている学習療法による前頭前野の活性化による本人の自立の取り戻し、尊厳の維持で、最後の終焉を迎えられれば理想であろう。一日の中では、ゲーム・カラオケ・リハ
ビリ等家族の会に即した時間も可能であり、日中の適度の運動で夜は多分改善されるだろう。
これだけ尽くす家族に、障害疾病がなければ生活介助は受けれないのも矛盾だし、家族の会のメンバーに一定の報酬も無いのも矛盾を感じる。
前出の宅老所的施設に通い、わが家族の世話をし、一時は助けてもらい、
病気を改善してもらい、或る程度の報酬を戴けるのならこの上ないことではないか。
そのような提案をしたい。
 対象地区
    広島市佐伯区・西区・広島県廿日市市

この度 認知症の人と家族の会に入会いたしました。
 
数年前からおかしくなった家内のために我が家の空き地に建てた山小屋風のホーム!!
認知症には、色々な症状があるらしいが、なんと言っても本人が一番いい表情で生活できるのは、身近にいる優しくて全てを受容してくれる親族と一緒のときであろう。
一日のうちで、全て上記の時ばかりではない。気候・時間・相手の都合等々により、支援者は死ぬ思いの連続である。一日24時間のうち数時間、一週間のうち数日の助けがあればこの死ぬ思いの苦痛から開放されて、本人にもっともっと優しくできるのではなかろうか。
 このようなことを考えて入会することにきめました。
    
 認知症の人と家族の会の活動

この会のメンバーは、過去に壮絶な闘いを経験してこられ、今は相談員として、今現在介護者として悩み苦しんでおられる方の良き相談者としてご活躍の方々が中心となって結成されています。
 いろいろな講演会・シンポジュームで常に啓発・勉強に努められ、われわれ新規参入者の良きリーダーとして、また、より良い地域社会をと
「提言・私たちが期待する介護保険」~認知症があっても安心して暮らせる社会に向けて~
五つの基本的な考え方

 1 認知症があっても一人暮らしでも希望する自宅で、また施設でも安心して暮らせる制度へ
 2 早期から終末期まで、切れ目ない支援体制を整備すること
 3 認知症があっても”笑顔”で生きられる支援体制を整備すること
 4 介護に従事する人材の育成と確保のために待遇改善をはかること
 5 暮らしを支え、生活を保障する社会保障制度へ
を、また具体的な改善提案として、12項目の提案もなされ、

 1 在宅で要介護4,5の人が支給限度額を超えて利用する場合は、全額自己負担ではなく介護給付を認める
 2 必要な訪問介護の利用は同居家族の有無にかかわらず認める
 3 認知症があると認められる場合には「要介護1」以上になる認定システムに改善する
 4 若年期の認知症の人が仕事を続けられるよう支援する制度をつくり、採用する事業体へは補助金を支給する。
 5 若年期の認知症の人を受け入れる高齢者の通所介護にも加算を認める
 6 地域包括センターは設置主旨に則り、地域のコーディネイト機関として充実させ、介護保険給付実務から外す
 7 介護支援専門員が中立、公平を保つことができ、質を高め、専門性が発揮できる体制とする
 8 介護従事者の賃金、労働条件の改善を図るために、必要な対策を講じる
 9 介護保険給付による介護予防はやめ、別事業とする
10 受け皿の準備のないまま療養病床廃止を先行させることはしない
11 認知症の人の一般病床入院時に、ホームヘルパーの付き添いを認めるなど対応の改善を図る
12 地域の家族の会など当事者組織の活動への支援を強化する

    (以上は社団法人 認知症の人と家族の会が2007年11月
        厚生労働大臣に申し入れをされた提案書から抜粋)

等々を掲げ、ご活躍中の社団法人である。

  認知症と家族・親族の関係 

家内の認知症にかかわって、初めて理解できたことは、"全ての行動には、其の陰にその人の主張があり、それを全面的に受け入れなければ、ますます激しく、悪化していく"ということ。
 現時点での薬の服用はできるだけ抑える。悪化抑制力及びいろいろな症状の沈静を目的としてい故
(今後、治療薬が開発されればと願っています。)
  
1 全面受容の信頼関係を樹立する。
2 認知症の独特の症状が出たときは一時的に非難し、第三者の助けをかりる。
3 共に笑顔で暮らす。
4 終末期まで切れ目なく支援することを第一とする。
5 家族は、一日のうち数時間は、一週間のうち数日は必ずリフレッシュタイムをとること。

以上のことなどから家族ともども利用できる施設があれば、この上ないことと考えて、次回にその一端をご披露させていただきます。

2008年04月29日

地域密着型施設の在りかた


 ○小規模多機能型施設
 ○小規模型デイサービス施設    共に住宅仕様でOK!
ただし、平屋を旨とし、個人住宅部門は二階に配置し、二方向避難の設計にする。また一階部部分も三方向できれば四方向避難扉を設けるべきである。
 厚生労働省は,小規模多機能居宅介護施設は”古民家や空き施設を改装して”と推奨している。このことは、建築基準法にいう特殊建築物()にはあたらない。都市計画課の指導のもと、各区の主事さんへの周知徹底して欲しいものである。あくまでも小規模であれば、住宅仕様でOKではないか。
 具体的に、わがしらく苑で注意したことは一階に吹き抜けを含めた居間兼食堂を設け、流しを居間に面して作業台と共に配置し、全体を見守りながら作業が出来、また料理中の匂ひも少し流れるようにしてある。WCは三箇所、出入り口は四方に一箇所づつ、天井(屋根野地板は厚さ一寸の杉板の表し)には、電動の天窓を設け採光窓・排煙口とした。ほかに吹き抜け部壁面の高さ7m近いガラスまどには、上部3箇所に排煙窓を設け避難の一助とした。二階には個人住宅及び家人の居室・簡単な事務室とした。
 この設計に当たってはプランについては県の主査、確認については市の都市計画課の指導を仰いでいる。
 興味ある方はご一報を!!

認知症の人と家族の会


20070429.jpg

 数年前からおかしくなった家内のために我が家の空き地に建てた山小屋風のホーム!!
認知症には、色々な症状があるらしいが、なんと言っても本人が一番いい表情で生活できるのは、身近にいる優しくて全てを受容してくれる親族と一緒のときであろう。
 一日のうちで、全て上記の時ばかりではない。気候・時間・相手の都合等々により、支援者は死ぬ思いの連続である。一日24時間のうち数時間、一週間のうち数日の助けがあればこの死ぬ思いの苦痛から開放されて、本人にもっともっと優しくできるのではなかろうか。
 このようなことを考えて入会することにきめました。

2008年02月15日

介護保険制度の運用について


 デイサービスホーム しらく苑を開設するまでのエピソードは後日披露させていただくとして、今回は特に表題にマッチする事例を体験しましたので、皆様のご意見を賜りたく以下に紹介します。

 ある日突然に、訪問介護・通所介護を利用している家内のケア会議において、

 CMさんから“来月から生活援助の訪問はできなくなりました”。

 “何故? 先月までは来て頂いていたではないですか”。

 広島市の研修会で、“生活援助については、利用者が一人暮らしであるか又は、家族等が障害、疾病等である以外は駄目だ”と指導された。

 “ではその根拠なるものを見せて良く説明して欲しい。”

 “後で送ります”。・・・(説得する資料すら持ち合わせていない。)

 結局、いろいろな問答の末

CMさん曰く、“これからは私の個人番号に汚点になるような事はできない。従わないのなら、降ろさせてください”。(降りますだったかな?)

 ”結構です。次のCMさんを紹介してください”。“出来ません”。・・・・

で結局会議は決裂!!

 今まで出来ていたものがある日突然できなくなる、何の前触れもなく。何時から法律が変わったのだろうか? それとも法の解釈が変更されたのか。それなら詳しく事例を挙げての説明・周知徹底期間が要るのではないか?

 そもそも“介護保険とは”

 施設収容から自由選択契約という方針の変更の過程で生まれた施策のひとつである。クライエントの自由選択の精神は何処に生かされているのだろうか。保険料は特別徴収(年金から天引き)では、“そんなサービスなら私は入らないよ”と選択することもならず、上記のごとくCMすら選べない状態(二年六ヶ月の間にあてがわれCMが6人、今回やっと区役所でお話を聴いて自分で選んで決めたCMさんと契約して、今は大変満足している。)である。

 国の基本方針である

 ■ 自己(家族を含めて)決定の生活

 ■ 相互扶助の精神

 ■ 地域で支えあう 地域介護

は15年度改正での要点と思われるが、現状や如何?

自己決定についてもう少し述べさせて頂くと

 当初(家内が始めて介護保険の世話になる頃)は流行のグループホームが数多くオープンしていた。周辺4箇所のホームを見学させてもらったが“ここは良いな”と思われるところはなかった。利用者皆さんの顔に笑顔が・生気がない。或るところでは、入り口が電子錠だ。アーア!!

 情報公開が叫ばれているが、これら4箇所の公開情報をワムネットで印刷し県や市の幹部(主査・係長)に見せて、“ご両親を入れるとしたら、何処を選びますか”質問して、選んでいただけた人はいませんでした。

これも役立たずな“情報公開”だし、今回テーマのCMにいたっては、事業所の情報は最近やっと形が整ったものの、CM個人の情報(過去の実績・専門分野など)は全くわからない。

 この様な現状での自己決定など出来様もない!

 今一度原点に帰って見直してみようではありませんか!!

 さて、本番にもどろう

今回の市の研修会(CM及び訪問介護事業者宛)で市の職員の説明を聞き、皆んな恐れをなして、生活援助を打ち切られた利用者さんは多いだろう。本当にそれが正しいことなのか、何故か。一旦打ち切られたものを復活するには大変な努力と時間がかかってしまう。

 冒頭、述べたとおり私自身もその被害者だ。県や市の幹部は実情を把握しているのだろうかと、主査や係長、区の課長補佐さんを訪ねてお話を伺うと、やはりよく分かってはいなかった。私の友人数人にも同じ様にCMと喧嘩し、打ち切られたものがいる。なぜこんなことを言うかといえば、国は昨年の12月20日に、この様な誤った行き過ぎに対して、改めて従来と全く変わりない旨の事務連絡なる文書を各自治体宛に出し注意をしている。

 我われ被害者(現在まで復活していないので)は一体どうなるの?一旦元に返し、改めて指導いただけるの?

 新しいCMさんに、事情を話し相談したところ、訪問介護事業者さん方は、一篇の説明・指導も無く、今回一気に過去にさかのぼって(15年度)返戻を求められ何百万と欠損を出し、経営を圧迫されているとの事

 これではいくら国の指導どおりのケアプランをCMさんに作ってもらっても、その生活援助を受けてくれるところは無くなっている。とのこと。実情をよく調査し、今回の返戻事例等のQ&Aを公表し、国の指導に従い、よく指導・納得させていただきたいものである。

2007年12月29日

管理者のプロフィール


 何を思ったか68歳まで建築の世界にいながら、ゴルフ・楽茶碗など趣味三昧と余生を送っていた私が、70歳で介護の世界に首を突っ込むことになりました。
その一つには、
 初期すい臓ガンの摘出手術をしたこと、検査期間中、余命幾許か?
家に残した家内の身の心配(最近いくらか呆けが出てきたのでは?)
二つには
 地域の介護系施設を色々と見て歩きましたが、ここならと思えるところが無かったこと。
三つには
 倉敷で開催された、全国託老所フォーラムに参加したこと。
等などの理由により、理想とする”小規模多機能居宅サービス施設を自分で建ててやろう“と考えたのが事の始まりでした。
                      以下は次号で!!